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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)512号 判決

控訴人(X)

伊藤忠輝

被控訴人(Y)

関西電力株式会社

右代理人

山本登

他三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が被控訴会社の株主であること、被控訴会社が、控訴人の求めにより第二七ないし第二九期の計算書類附属明細書として本件附属明細書謄本を送付し、控訴人がこれを受領したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二本訴においては、まず本件附属明細書謄本の「固定資産の処分に関する明細」の項の記載が、商法第二九三条ノ五に定める「財産ノ状況ヲ詳細ニ記載シ」「固定資産ノ処分ヲ明示」したものといえるかどうかが争われている。同条は計算書類附属明細書に記載すべき事項を列挙しているが、各事項について内容をどの程度詳細に、いかなる方式で記載すべきかについて、同条はもちろん、商法は何らの定めをしていない(「詳細ニ記載」し「明示」するといつても必ずしも全部の記載を要するとは限らず、要は記載の程度に帰着する)。計算書類については一般的な記載準則があり、被控訴会社のような電気事業者については特別の記載準則が定められているが、計算書類附属明細書に関しては、わずかに金融機関について銀行法、銀行法施行規則等によりその記載内容、様式が定められているだけで、一般には何らの準則が定められていない。

三したがつて、附属明細書に要求される記載事項内容の詳細の程度は、次に述べる附属明細書制度の立法経緯、趣旨、類似制度との関連を綜合して考察するほかない。

昭和二五年の改正商法は株主総会の権限を若干縮少し、取締役の権限を拡大したが、それとともに株主に取締役の違法行為の差止請求権(商法第二七二条)、取締役の責任追及のための代表訴訟提起権(同法第二六七条)、取締役の改任請求権(同法第二五七条)などを認めて、株主に取締役の業務執行を是正する道を与えた。株主がこれらの権利を有効適切に行使するためには、会社の業務、財産の状況について詳細且つ正確な知識をもつことが必要であるが、従来公示されてきた計算書類(商法第二八一条)は会社の財産状態の概要を示すにとどまり、詳細な知識を提供するに足りなかつた。そこで同改正商法は、計算書類の記載を補足し、会社の業務および財産の状況を詳細に記載するとともに、不正行為は会社の経理に関して最も問題となることに鑑み、資本および準備金の増減、取締役、検査役および株主との間の取引、固定資産の処分などの特定事項を明示した計算書類附属明細書の作成、備置を会社に義務づけ、株主にその閲覧、謄写請求権を認めたのである。そして、右附属明細書の制度は、米国において単独株主権として認められていた帳簿閲覧権制度をわが国に導入するにあたり、会社荒しによる濫用を考慮してこれを少数株主権としたことの、いわば代替として創設されたものである。

ところで、商法においては、株主をして会社の業務、財産状況についての知識を得させる類似の制度として、計算書類閲覧権の制度(商法第二八二条)、帳簿閲覧権の制度(同法第二九三条ノ六)を設けている。前者は株主のほか会社債権者も閲覧請求権を有するが、計算書類は前述のごとく会社の財産状態の概要を知りうるにすぎない。後者の閲覧権者は一定数の株式を有する株主に限定されているが、閲覧の対象が計算書類および附属明細書作成の基礎資料たる帳簿および書類であるから、会社の財産状況の細目についてまで知ることができる。してみると、閲覧権者が単独株主であり、閲覧の対象が計算書類を補足説明した附属明細書であることからして、附属明細書閲覧権は計算書類閲覧権の中間に位置する権利ということができ、したがつて附属明細書記載内容の詳細、明示の程度は、附属明細書制度の右位置づけに対応して考えるべきものである。

以上を綜合考察すると、附属明細書は、商法第二九三条ノ五第二項に定める各事項について、その内容を細大もらさす且つ細目についてまで記載する必要はないが、そのうち株主の業務執行是正権行使にとつて重要な事がらは、その内容を詳細に記載することを要し、その他は概括的な記載をもつて足るものと解するのが相当である。

なお、前述のとおり金融機関については銀行法、銀行法施行規則等により附属明細書の記載事項、内容、様式が定められており、これによると全般的にかなり概括的な記載が認められているといえるが、それは、金融機関に対しては特に国の厳重な監査、監督が行われ、個々の株主の義務執行是正権の行使がほとんど問題にされないことによるものと考えられる。したがつて、金融機関の附属明細書の記載内容、様式をそのまま一般企業会社のそれにあてはめ、すべてについて概括的記載で足りるとすることには賛同できない。

四そうすると、附属明細書における固定資産の処分事項の記載内容程度としては、固定資産の種類区分ごとに処分価額、帳簿価額を記載するとともに、処分価額または帳簿価額が大で、処分により会社資産の健全性或は生産能力に影響を及ぼすような重要な物件とか、処分相手先と会社または取締役との関係等から取引の公正を疑われやすい物件などについては、個別に物件価額、帳簿価額、処分相手先などを記載すべきものである。処分された固定資産中、土地建物については細大もらさず、すべてを具体的に記載すべきだとする見解は、固定資産が比較的少く、或は企業規模の比較的小さな会社にあつては妥当する場合があるが、一般原則としてはただちに採用できない。

五そこで本件についてみるに、〈証拠略〉によると、被控訴会社の第二七ないし第二九期における附属明細書は、それぞれ「資本および準備金に関する明細」「会社と取締役、監査役および株主との間の取引に関する明細」「金銭の貸付に関する明細」「固定資産の処分に関する明細」等、商法第二九三条ノ五に定める事項を網羅し、これを一四項目に分けて説明していること、「固定資産の処分に関する明細」の項において、期中に処分された固定資産を、電気事業会計規則で定められた勘定科目にしたがい、水力発電設備、汽力発電設備、送電設備等八種類に分類したうえ、それぞれの種類ごとに帳簿価額および譲渡価額の合計額を記載し、なおこれら処分物件の総合計額を帳簿価額および譲渡価額に分けて記載していること、そして摘要欄を設けて、各種類ごとに譲渡価額の大なる順に一つないし二つの処分例をとり(合計で第二七期は一〇例、第二八期は一三例、第二九期は一一例、その大部分は土地建物で一部機械器具、立木等がある)、物件名、所在地、処分相手先、譲渡価額、帳簿価額を個別、具体的に記載していること、各期別に(イ)処分固定資産の総合計額(以下(イ)と表示する)と(ロ)摘要欄記載物件の処分合計額(以下(ロ)と表示する)をみると

第二七期 (イ)は帳簿価額で

一億五一二五万一千円

譲渡価額で

三億五四〇八万五千円

(ロ)は帳簿価額で

一億一〇一五万八千円

譲渡価額で

二億三七五三万二千円

第二八期 (イ)は帳簿価額で

五二九九万四千円

譲渡価額で

二億九五五三万九千円

(ロ)は帳簿価額で

三四二一万四千円

譲渡価額で

二億四三七二万八千円

第二九期 (イ)は帳簿価額で

二四五八万二千円

譲渡価額で

一億二一五七万七千円

(ロ)は帳簿価額で

一八九八万五千円

譲渡価額で

一億〇五二六万二千円

となり、(イ)に対する(ロ)の割合は

第二七期 帳簿価額で

72.8パーセント

譲渡価額で

67.1パーセント

第二八期 帳簿価額で

64.6パーセント

譲渡価額で

82.5パーセント

第二九期 帳簿価額で

77.2パーセント

譲渡価額で

86.6パーセントとなることが、それぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、〈証拠略〉によると、前記摘要欄に具体的記載がなされなかつた処分固定資産は各期とも多数にのぼるが、土地だけでも第二七期において合計三二例、第二八期では二八例、第二九期では一四例を数えること、摘要欄に記載するか否かは前示のとおり譲渡価額の大なる順にしたがい、何らの作為を加えておらず、取引の公正を疑わしめる処分例をことさら隠ぺいしたものでないこと、被控訴会社は右各期において約五、〇〇〇億円にのぼる尨大な固定資産を保有していたことを認めることができる。

以上に認定した事実にしたがえは、被控訴会社の第二七ないし第二九期計算書類附属明細書における「固定資産の処分に関する明細」の項の記載は、附属明細書記載内容の程度、方法についてさきに説示したところに適合し、商法第二九三条ノ五の定める要件を充足するものということができる。

六しからば、その記載が同条の要件を充足していないことを前提とする控訴人の本訴請求は控訴人においてすでに被控訴会社より本件附属明細書謄本の交付を受けている以上、失当として棄却を免れない。これと同旨にでた原判決は、その理由は異にするが結局相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条にしたがい棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(加藤孝之 今富滋 藤野岩雄)

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